あとがき/奥付

あとがき

 父・佐谷和彦のしごとにならって、このウェブサイトの成立経緯について書物のあとがき風に記します。

 父が1973年の南画廊勤務から1978年に京橋に佐谷画廊を開業し、銀座四丁目を経て自宅の荻窪に活動の拠点を移したのち、亡くなる前年まで日々欠かさずつけていた日記は亡くなった後も母が大事に保管をしていました。その母も私がシュウゴアーツを六本木にオープンした2016年の暮れに施設に入り、荻窪の家に残されたこの日記に私がようやく腰を据えて目を通す心境になったのはコロナ時代が二年目に入った2021年のことでした。そこにはときに判読しにくい勢いのある独特の字で、どこで誰と何をしたのかが克明に綴られていて、とりわけ南画廊専務時代の記述の面白さには新事実発見もあり思わず惹き込まれました。100冊を超える佐谷画廊展覧会カタログと7冊の佐谷和彦の著書が生まれたことの下敷きには、父のこうした毎日書き続ける営みの積み重ねがあったということでしょう。

 トラは死して皮を残すといいますが、画商佐谷和彦亡き後に残されたのは34年間にわたる詳細な日記とおびただしい刊行物でした。父は展覧会カタログのほとんどに自らあとがきエッセイを記しています。日記にも執筆にいそしんだ様子や苦心する様子が伺えます。私が手伝うようになった銀座時代にはときに「今日は執筆」と画廊に出てこない日もあり、もしかすると自分のエッセイをものするためにカタログを出し続けたいのではないか、とバブル崩壊後の不況の時代には訝しんだほどでした。

 当時の印刷入稿は今日のようなデジタル化は皆無で、父が全幅の信頼を寄せていた制美・浅井潔さんのデザイン事務所から届く写植の切り貼りのコピーを、奥田道子さんを始め私を含むスタッフ総出で赤ペンで校正するのが恒例行事でした。展覧会開催中に受付に座りながら次の展覧会のカタログ校正に追われることも珍しくありませんでした。画廊が編集部になってしまう光景は今では考えられないことですが、今では懐かしい思い出です。

 ともあれオマージュ瀧口修造、クレー、エルンスト、ピカソ、ポロック、クリスト、山田正亮などなど100点をはるかに超える展覧会カタログを前にして、それらを生み出していった美術に関わる者としての父の信念の固さと、とめどなく湧き出るエネルギーとに今も圧倒される思いです。刊行物の中には例えば実験工房展のように資料価値の高いものとして研究者必携のアイテムになったり、北代省三展のようにデザイン性から古書の世界で値がついたり、あるいは「画廊のしごと」のようにこの世界に入ろうという方の入門書になったりしています。父は草葉の陰でそのことをさぞかし悦んでいることでしょう。

 父は東日本大震災の三年前2008年に亡くなりました。やがて父と親しかった方たちも鬼籍に入り、最近では佐谷画廊の名前に馴染みのない人がぐっと増えた印象があります。私が独立した2000年、佐谷画廊が銀座の画廊を閉じた当時は美術業界で佐谷といえば父のことでした。のれんは継ぐことができても眼を継ぐことは出来ない、という切迫感・重圧感が二代目と目されていた私には常にありました。父に独立を許されるにあたり、現代美術のギャラリーこそ一代限りであるべきという思いから新ギャラリー名に「佐谷」の名をあえて取り入れませんでした。それを知った母はとても残念がったものでしたが、自分なりの決意表明でもありました。

 佐谷和彦の生涯と佐谷画廊の活動の全体像が見渡せるものをいつか何らかの形で実現することは、後に残された自分に課された大きい宿題のひとつでした。私自身のこだわりから佐谷の名を自分のギャラリーに反映させなかったことが一因で、父と父の画廊の存在の風化が進んでいくことになるとしたら、それはそれで息子としては忸怩たる思いがあります。2020年の父の十三回忌には間に合いませんでしたし、コロナで法要もかないませんでしたが、シュウゴアーツのメンバー達に支えられて、こうしていくばくかの検索機能を備えたウェブサイトが開設できたことに感謝しつつ、このウェブサイトこそ父が私に望んでいた一番の贈り物であると信じる次第です。そして、このウェブサイトが少しでも皆さまの研究・リサーチのお役に立つとすれば、これにまさる喜びはありません。

このウェブサイトを亡き父・佐谷和彦と父のしごとを支え続けた母・佐谷祗子に捧げます。

「佐谷画廊の軌跡—佐谷和彦のしごと 1978-2007」
佐谷画廊アーカイブ 佐谷周吾
2022年7月

追記 母・佐谷祗子は2022年10月4日に永眠いたしました。生前の故人への皆様の御厚情に感謝申し上げます。

日記

佐谷和彦の日記 1973年より2007年まで

「佐谷画廊の軌跡—佐谷和彦のしごと 1978–2007」

Special thanks to:
具嶋恵
五辻通泰
奥田道子
佐谷明 繁子
佐谷和敬 真由美
島敦彦

石井美奈子
光藤雄介
武藤滋生
西島蓮
大谷樹生
山田桃子
ほかシュウゴアーツのメンバー達

Photo:
荒木経惟
羽永光利
ホルベイン画材株式会社
武藤滋生
中島加寿子
成田弘
小倉栄
大辻清司
斎藤さだむ
島敦彦
トム・スピリアート
杉田和美
内田芳孝

(敬称略 abc順)

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撮影 武藤滋生
英訳 クリストファー・スティヴンズ

ウェブサイト設計デザイン 種岡輝 飯塚翔

ウェブサイト編集責任者

佐谷画廊アーカイブ 佐谷周吾
106-0032 東京都港区六本木6-5-24 complex665 2F シュウゴアーツ内

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サイト更新情報

2022年 7月 1日 ウェブサイトリリース。

2023年 1月 6日 あとがき文末に「追記」を記載。